なぜ部下の自発性は育めないのか
管理職の大きな悩みの一つは「自発的に動く部下の育成」ではないでしょうか。
部下をしっかりと管理すればするほど、自発性を失い自ら行動しなくなる——。
真面目で優れた管理職ほど、そのようなジレンマを抱えているかもしれません。
ですが、それは当然の結果と言えるのです。今回のコラムではその理由を紐解きます。
マネジメントの本質は”あるべき姿”に近づけること
管理職(マネジャー)の仕事は人材育成、評価、調整、リスク管理などと多岐にわたりますが、その根幹にあるのが「マネジメント」です。
マネジメントとは、目の前にある仕組みを回していくことを指します。そして、その中核にあるのが、「統制」(コントロール)という概念です。
統制とは、平たく言えば、物事が“あるべき姿”から外れないように管理していくことを指します。
たとえば、マネジメントでは、まず短期的な目標(年度予算等)を設定し、それを成し遂げるための計画を練ります。物事がこの計画通りに進んでいれば、つまり、あるべき姿に沿っていれば、目標の達成に近づいていきます。
しかしながら現実は、計画通りに進むことのほうが稀です。当初の予定から外れ、乖離(ギャップ)が生じます。
その乖離を、いち早く把握し、問題を解決して現実をあるべき姿へと引き戻していくこと。この「逸脱を修正し、あるべき姿の枠内に戻す」ことこそが、統制の本質です。

管理職の大きな悩みの一つは「自発的に動く部下の育成」ではないでしょうか。
部下をしっかりと管理すればするほど、自発性を失い自ら行動しなくなる——。
真面目で優れた管理職ほど、そのようなジレンマを抱えているかもしれません。
ですが、それは当然の結果と言えるのです。今回のコラムではその理由を紐解きます。
マネジメントの本質は”あるべき姿”に近づけること
管理職(マネジャー)の仕事は人材育成、評価、調整、リスク管理などと多岐にわたりますが、その根幹にあるのが「マネジメント」です。
マネジメントとは、目の前にある仕組みを回していくことを指します。そして、その中核にあるのが、「統制」(コントロール)という概念です。
統制とは、平たく言えば、物事が“あるべき姿”から外れないように管理していくことを指します。
たとえば、マネジメントでは、まず短期的な目標(年度予算等)を設定し、それを成し遂げるための計画を練ります。物事がこの計画通りに進んでいれば、つまり、あるべき姿に沿っていれば、目標の達成に近づいていきます。
しかしながら現実は、計画通りに進むことのほうが稀です。当初の予定から外れ、乖離(ギャップ)が生じます。
その乖離を、いち早く把握し、問題を解決して現実をあるべき姿へと引き戻していくこと。この「逸脱を修正し、あるべき姿の枠内に戻す」ことこそが、統制の本質です。


「統制」と「自発性」は相容れない
リーダーシップ論の大家であるジョン・コッター教授は、Harvard Business Reviewの論文“What Leaders Really Do”の中で、マネジメントの「冷徹な本質」について、次のように鋭く指摘しています。
「わくわくするようなものでも、華やかなものでもない。しかし、それがマネジメントなのだ」
コッター教授によれば、マネジメント・プロセスは可能な限り、安全に安全を重ね、リスクをゼロにする必要があり、普通の人々が、普通のやり方で、ルーチンをきちんと処理できるようにすることだといいます。
さらに、コッター教授は「統制がまさしくマネジメントの中核であるという理由からすれば、強く動機付けられた行動や触発された行動は、マネジメントとはほぼ無関係なものである」と指摘します。
ここで言う、「強く動機付けられた行動や触発された行動」とは、つまりは「とてもやる気がある」とか「エネルギーに溢れている」といった状況です。いわば、人が自分の内側から湧き上がる力で動いている状態のことです。
そして、それを「自発性」と呼ぶのであれば、マネジメントは、そんな不安定なものには頼れないと言うのです。
部下の”ワクワク”を奪うのは当然
したがって、マネジメントを突き詰めても、部下の自発性が育まれるわけではありませんし、むしろ属人性の排除を強めることになります。
組織とは狂いなく時を刻む時計のようなものであるべきで、そこでは、個性的すぎる歯車も、早く回りすぎる歯車も歓迎されないのです。管理職が時計の針をしっかり回そうとすればするほど、構造的に、働き手の“ワクワク”や自発性を失うことにつながるのです。
では、部下の自発性を引き出し、自律的なチームや組織を作るには何が必要なのでしょうか?
その鍵を握るのが「リーダーシップ」です。第2回のコラムで、マネジメントとの決定的な違いとともに解説します。